NonStageTheater - お笑いと演劇と音楽と

みなさんこんばんは、河合達人です。
以前までの堅苦し〜い話とは打って変わって
ちょっと違った角度からお話ししたいと思います。

「お笑い」、「演劇」、「音楽」。
これらに共通しているものは何でしょうか。
「文学」も仲間に入れていいと思います。
逆に仲間に入らないものは「美術」とか「書」
といったところでしょうか。

正解は「時間軸を使って表現する作品」です。
これまでも書き綴っているように、作品に
必要なものは「緊張感」で、
それを生み出すのが「対比」です。
これは、時間軸を使う作品においては
「静」と「動」と置き換える事も出来ます。
お笑いの場合が想像しやすいのですが、
笑わせる側のネタふりが「静」、そして
観客が笑うという行為で
緊張感が解放される「動」の部分です



「一発芸」というものがありますね。
一発芸は一発芸自体が面白いのでしょうか。
違います。一発芸をするまでの「静」の部分が
あるから「動」である一発芸が浮き立つのです。
つまり、「静」のネタふり部分。
「一発芸をやります!」という宣言の後、
スベったらどうしよう、ウケるのかどうか…
という笑わせる側の緊張感と、
イタいギャグだったらどうフォローすればいいのか、
自分一人だけ大ウケしたらどうしようか、という
見させられる側の緊張感を上手に作り出すことが
一発芸を成功させる秘訣ということになります。

このように「静」と「動」という考え方で
お笑いを見ると、お笑い(例えばコントなど)も
「作品」として見えてきませんか?



もう一つ、音楽においての「静」と「動」の例を
あげるとすると、ポップスにおいて
「Aメロ」や「Bメロ」といった部分が「静」、
「サビ」が「動」ですね。

「動」がその作品の目的だとすれば
「静」の時間が緊張感を持続しつつ長ければ
長い程、「動」の部分が生きることになります。
つまり、じらされるわけですね。
時間軸を使う作品を作る場合「時間」の使い方が
とても難しく、逆に見る側は「時間」の使い方を
楽しむものだとも言えます。

「静」の部分がムダに長くて緊張感がなくなって
しまえば台無しですし、かといって「動」にすぐ
行き着いてしまうと、それが生きないのです。



「静」と「動」という考え方で作品を見ると、
「静」の部分から「動き出す瞬間」というものが
とても重要なその作品のポイントとなります。
お笑いで言えば「ネタふり」が始まる瞬間でしょうか。
音楽で言えば、新しいフレーズが始まる瞬間でしょうか。
その「瞬間」をうまく表現すると、
とても作品が生きるのです。
観客にそれを示す事で納得させられる
理由をつくりだすことができます。

ただ、それがありきたりでも詰まらない訳です。
たとえば物語の後半になって、いきなり新しい人物が
登場したら、三流小説になってしまいますね。
その存在を理由づける「静」の部分でのにおわせが
必要になるでしょう。



音楽でもそうです。同じ曲中にいきなり
違うメロディーは出てこないのです。
それなりの必然(調性の音楽においては、
コード進行を似させるとか手法は
たくさんありますが…)がないと
そのメロディーが曲中に
存在する事が出来ないのです。

効果的な緊張感の持続、
におわせがある「静」を生み出し、
納得のいく動き出す「瞬間」を表現しきり、
機能する時間が満ちた時に、
緊張感の解放「動」が来る。
そんな作品が、時間軸を使う作品において
「良い」とされるものなのです。